- 2009年6月28日 22:15
- 音楽
マイケル・ジャクソン死亡の速報は、
金曜日の朝、TVのニュース番組で知った。
会社の同僚や、会った人に
「今朝マイケルが亡くなったね」と話しかけても、
みんな一様に過去の遠い話みたいなリアクションで、
一日が経つにつれて、悲しい気持になってきた。
その日は仕事が終わってから、
すぐに車で軽井沢に行くことになっていて、
道中、僕はカーナビのテレビをつけた。
某局がさっそく「追悼」と銘打ってマイケルの特番を放映していた。
ハゲづら疑惑のアナウンサーが、
全然本筋とは関係のないトリビアを披露したり、
元ブログの女王が見当違いのコメントをしたりしていて、
悲しみを通り越して、だんだん腹がたってきた。
たしかに後年ゴシップや醜聞で賑わせた事が
人々の記憶に新しいのはやむ終えないけど、
それでも、偉大な音楽を作ってきたマイケルに対して、
あまりに失礼じゃないか。
いや、むしろ音楽家としての彼ではなく、
奇行が目立つ私生活を送る彼を、
メディアがおもしろおかしく報道していたことは、
間違いなく彼の死因の一翼を担っているだろうに、
どうしてそんなに簡単に、すぐに、亡くなった人を冒涜することができるんだろう?
いたたまれなくなって、テレビを消し(違反だし)
ラジオに切り替えた。
TOKYO FMもマイケルの追悼番組だった。
こっちはリスナーやファンから届いたメールを紹介して、
曲を流すというシンプルな構成だった。
そこにはひとつひとつのマイケルに対する個人的な想いと、
誰が何と言おうとパーフェクトにかっこいい音楽があった。
この曲が流れた時、音楽に夢中になった中高生の頃、
本当にマイケル・ジャクソンを好きだった記憶が猛烈に蘇って、目頭が熱くなった。
23時をまわって軽井沢に着いた頃、
ようやく高校の時の友人から、追悼カラオケをやろうというメールが届いた。
翌日、TBSラジオのウィークエンドシャッフルで、
NONA REEVESの西寺郷太さんは偶然にも、こんな風に語った。
「歌がうまい人でしたからね、、もうそれだけ、一言で言えば。
歌うまいなーっていうことで。Human Natureを聴いて。ラジオでかかったんですけど。
ああ、この人がもう新しい歌を歌うことは無いのかと思った時に、本当に悲しくなりました」
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