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2009年10月 7日

5人目の存在意義

ビートルズBOXをヘッドフォンで聞きながら、ミュートにしたTVを見ていた。

SOFTBANKのCMには、変わらないスマップの姿。

僕は例の六本木事件以来、極めてスムースに溶け込んでいる草彅某には、
なんだかなぁ、という思いが少なからずあるので、
つよぽん、スマップに要らないんじゃないか説について検討する。

つまりこうだ。

スマップとビートルズをトートロジーで結ぶ。

もちろん、木村拓哉はジョン・レノンだ。

圧倒的なカリスマ性と芸術面への傾倒。
髪を伸ばしてワイルドに振る舞い、同性からの人気も高い。
気の利いたことを言い放ち(実際にその発言が「本当に気が利いているかどうか」は別として)
大きなメッセージを背負い、家庭を大事にしている(恐妻がいる)。

キムタクが肥大化する「こうあるべき」を背負って迷走しつつある様は、
まさしく自我とパブリック・イメージとのギャップに苦しんだジョンそのものだ。


当然、中居正広はポール・マッカートニーということになる。

TVにおける瞬時の状況判断能力には天性の才能を見る。
スマップのメンバー中、もっともポップであり、そして優等生的なポジション。

他人には真似できないことを平然とこなし、今いる世界に放つ揺るぎない求心力。
それが、中居&マッカートニーの共通点だ。

稲垣吾郎とジョージ・ハリスンにも通じるものがある。

斜にかまえ、シニカルに笑うとこと。
実はソロワークスに面白いものもある。
ハンサムなのに陰がある。
実は一番まともじゃない感じも似ている。


リンゴ・スターと香取慎吾は、言わずもがな顔が似ている。

あれ、そうなると草彅くんの居場所は?

ビートルズには5人目のメンバーと呼ばれる人たちもいる。

しかしビートルズを大きく育てたマネージャー、ブライアン・エプスタインは、
スマップの敏腕マネージャーこと飯島女史だし、
デビュー前に夢を追ってグループを去ったスチュアート・サトクリフ=森くんだろう。

音楽プロデューサーのジョージ・マーティンにあたる人がスマップには居ないが、
ある意味ジャニー喜多川がこの役割を担っているのかもしれない。
すくなくとも草彅ではないことは確かだ。

と、
考えれば考える程、スマップとビートルズは符号していく。
それにも拘らず、草彅くんと一致する人が居ないのだ・・・。

しかし、ここで僕はハッと思い至る。

だからこそ、スマップは生きながらえているのだと。

草彅剛には、本当に取り柄がない。

一生懸命なのは分かるけど、
他の4人に比べるとあらゆる面で普通さが際立ってくるし、
年月を経てもスター性や大物感のようなものを全く纏わない。

だがしかし、だからこそ、スマップはかろうじてバラバラにならないのではないか。

草彅剛という普通が紛れ込んだことで、残りのスターたちはバランスをとり、
聴衆もまた、共感や憧れを強くする。

つまり「スマップに草彅剛が不要」なのではなく、
「ビートルズに草彅剛が必要」だったのではないか?

ヘッドフォンから聴こえる音楽が大きく響いてくる。

完璧すぎるメロディの揺らぎのなさ。
どこまでも美しいハーモニー。

完全であるが故に、とっくに死んでしまっている音楽。

それがザ・ビートルズの音楽だ。

The Beatles - Golden Slumbers / Carry That Weight


また見つかった、
 
何が、永遠が、

海と溶け合う太陽が。   

「永遠」 アルチュール・ランボー(小林秀雄訳)

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