映画『ノルウェイの森』の感想

僕は原作付きの映画を観ることが大好きなので、
今回の「ノルウェイの森」映画化という話を聞いたときには、
楽しみで楽しみで仕方なかった。

考えてみれば物心ついてから初めての村上春樹長編小説の映画化である。

ツイッター上で徐々に明かされる「ハルキとトラン監督の邂逅」や、
緑役に抜擢された水原希子の「情熱大陸」、
その他さまざまなメディアで精力的に露出される情報によって完全に、

「ねえ、ワタナベくん、いま固くなってる?」
「コカコーラの瓶ぐらい固くなってるよ」状態。

先週の名古屋出張でつい抑えきれなくなり、
文庫版の上下を(家に帰ればあると知りつつ)買い
車中で通読してしまう暴君ぶりで、
これはもう公開初日に行くしかないな、ということで、
小学校来の友人と、男3人連れ立って、土曜日の新宿バルト9に繰り出した。


* * * * *

感想の前置きとして、
よくある「映画版と小説版と比べてどっちが優れているか」問題は
そもそも僕の中では意味を成す問いとは言えなくて、基本的には原作至上主義。

その上で、映画の作り手たちがどこを切り取り、どこをクローズアップし、
どこを創作し、どんな音楽を付け、誰に演じさせたか、という点で楽しむことにしている。

あとよくある「原作読んでないとストーリーが解りにくいよね。不親切よね」という断罪も、
あまり意識していない。

ていうかそんなん言うなら原作読めと、
映画を懇切丁寧に説明してくれる"エンタメ"としか認識していない人は家でテレビでも観ててほしい。

そんなスタンスで観ています。

その上で、とりめなく感想を書いてみますね。


※本当にとりとめないです。注意!
あとネタばれ(?)も。


まず素晴らしいのが役者陣で、
なんといっても松山ケンイチの村上春樹ぶりがすごい。
緑にあなたのしゃべり方好きよって言わしめるだけの説得力がある。
ハルキ言葉を違和感無く(少なくとも僕はそう感じた)操れる人がこの2010年に居たとは...!

あと目線、というか目の奥への光の貯め方で演技ができるんだね、この人は。

朴訥としてて、
感情を抑圧した良い演技だった。


菊池凛子は圧巻。

ビジュアル的に、直子は本当に美しい人というイメージ(強いて言うならちょい昔の麻生久美子か...?)
ってのが原作読み的にはあったので、正直菊池凛子どうなんだろうと思っていたものの、
最初からはかなげでゆっくりと混乱していく様子、殊更声の演技が抜群に巧かった。

この人自身が村上春樹ファンで自作のオーディション用のビデオを監督に送りつけたというだけに、
やはり役を演じる上での覚悟が違う。
松山ケンイチがどんな役にもフラットに構えているのとは対称的に
自身の直子像があって、その理想に少しでも近づこうとするストイックさが伝わってきた。

阿美寮での草原の長回しシーン(直子がワタナベにキズキとの関係を告白するところ)は
鳥肌が立ったし、段々目を背けたくなるような痛々しい美しさが宿っていて、
それはまさしく直子そのものに見えた。

ただ二人の関係を示す冒頭の30分ぐらいは、やや性急にすぎたよう。
ワタナベが直子を愛するようになっていく過程が、あまり丁寧に描けてなくて、
東京で再会した親友の恋人とすごい勢いで散歩しているって印象。

20歳の誕生日のシーンはとてもよくて、
原作でも雨が降ってたことを思い出させてくれた。

そして、直子が東京から去った後、その空白を埋めるように現れるのが緑な訳だが、
これがもう、最高にクールで可愛くて、ファッションもどストライクな上品系60'sで
完全にノックアウトされました。

水原希子は、僕が14歳で初めて小説を読んたときの緑のイメージそのもの。
てか、夢で出会った初恋の人に会ったような感じ。
演技力?そういう次元じゃなくて、
19歳の女の子のリアリティがあって、輝いていてとても素敵な登場シーンだった。

緑に関して言うと、緑の自宅でお昼をつくってもらうシーンがとても良かったのだけど、
原作で印象的な火事を見ながらキスをする場面が割愛されていたのは残念。
緑がデタラメなフォークソングを歌って、楽しくなって、
そのあとぼーっとしちゃうってところを映画で見てみたかった。

で、この家のシーンもかなり長回しで、部屋の中で歩き回りながら、
緑の苦労話をワタナベが聞くんだけど、ここのショットはちょっと動きがありすぎて
若干気が散った。たぶん部屋に入る光の感じとか、日本家屋の感じを
監督は映したかったんだと思うけど。とはいえ絵的にはとても奇麗でした。

その他キャストもおおむね満足。
永沢さんがシンバルを打つシーンの笑っちゃうようなかっこよさ。
原作にはなかったキズキと2人で桃を頬張るという回想シーンの絶妙な塩梅。
ハツミさんが怒るところの半端ない怖さ。
レイコさん、ちょっと美人すぎるけど、引き語り「ノルウェイの森」が超絶巧くてびっくり。
(レイコさん役の霧島れいかは歌が苦手なばかりか、ギターさえ弾けなかったという話)

季節が秋になり、そして冬を迎える準備をするに従って、
映画そのものが出口のない迷路に迷い込んだような重い感触を持ち始める。
このあたりから物音も立てられない、口の中のポップコーンもとかして食べざる得ないような
身動きの取れなさが観客にも浸透していく。

小説的にもワタナベの孤独がクローズアップされていくあたりなんだけど、
この辺の小エピソードの連なりはとても良かった。

そして直子の責任をとるということと、対照的に緑に惹かれていくところの葛藤。
いや葛藤というほど表面化しない、自分に嘘をついているのとも違う、
答えが見えないままに、静かにもがいたり黙ってやり過ごしたりしているワタナベの状況は、
映像化されることでよりストレートに伝わった。
もしこの映画に共感のポイントがあるとすれば、この部分だろう。


緑のお父さんが死んで、しばらくあとにバーで再会するところ。
「ねえ、私が今何を考えてるか分かる?」という質問に対するワタナベの発言で、
緑がキレるという脚本上の省略はとてもうまいと思った。
彼女がとても大事にしていて、ワタナベと共有できている(と感じていた)部分なだけに、
ここでのワタナベの返事ミスは痛恨。

そしてここで、緑がいかにワタナベのことを支えとしてきたが一気に伝わった。


直子死後のワタナベ放浪シーンは、音楽の使い方、景色の撮り方、松山ケンイチの演技、
どれをとっても文句の付けようがない。

そう、音楽はレディオヘッドのジョニー・グリーンウッド(There will be bloodでも素晴らしかった)
が担当していて、重厚なものから60'sの空気感、オーケストラチックなものまで、
映画の雰囲気にかなり高いレベルでマッチしていた。
(「物語に」というよりは「物語上のトラン監督のビジュアルに」マッチしていた)


そして最後のレイコさん訪問。
ここは原作読後も「なぜ2人はセックスをしたのか」ということを論じられる場面だけど、
レイコさんのトラウマが映画ではごっそりカットされているため、かなり理由が見えなくなってしまった。

本来、あのシーンでは直子のために2人で片っ端からビートルズを歌うという儀式があって、
その直子への思い出を抱えたまま抱き合う、というあたりに、当時の僕も
そういう形のセックスがあり得るのかと衝撃を受けたので、そこがないのは致命的。
残念ながら「ワタナベ、目の前の女にその場その場で優しくしすぎ!」という見え方しかしなかった。


で、ラストシーンの緑との電話で、
ワタナベに「愛している」と言わせたのは英断だと思う。
原作では口に出してなかったけど、映画ではワタナベがはっきり言ったことで、
緑が素敵な表情を見せてくれたし、この本にあった「救い」や「前向きさ」を
映画的に分かりやすく見せてくれてよかった。

以上。


というわけで、
まだ見てない人に2つだけ忠告があるとすれば、
やはり原作をもう一度読み返してから行った方がいいよってこと。

映画版「ノルウェイの森」を観るということは、ある意味自分の記憶と対面するような
不思議なタイムスリップ感があるんだけど、そこに備えてストーリーをもう一度
2010年の自分の中で消化してからの方がすっと観れると思う。

それともう一つ。
初回限定版のレコジャケ仕様のパンフレットはかっこいいので700円の使い道に迷ったら買った方が良いと思う。

* * * * *

そして僕たちはバルトを出てから3丁目に流れ、
愛する緑の為にトム・コリンズを注文したまでは良かったが、多いに賞賛し、激論し、
酩酊し、最終的にはカラオケで「ノルウェーの森」を熱唱してしまったのは、
やりすぎだったと言わざるを得ない。蛇足でした。

Track Back

Track Back URL

Comments [8]

No.1

良い評だと思いました^^

>緑にあなたのしゃべり方好きよって言わしめるだけの説得力がある。
ハルキ言葉を違和感無く(少なくとも僕はそう感じた)操れる人がこの2010年に居たとは...!

同感です!松ケンほど村上春樹の世界の住人になって話せる人は居ませんよね。瞳の奥に感情をためるというのもその通りかと思います。

菊地凛子については、身体が動かなくなるほどすごいと思いました。彼女が画面に出てくる度に、涙が溢れそれが嗚咽に変わるくらいの演技でした。すごい役者さんですね!

緑については、ちょっと男性とは違うのかな。外見のフレッシュさは同感です。あの可憐さは他に誰もいないくらいでした。が、あの長台詞は興醒めだったかな。でも20歳ならあんな感じなんでしょうか。凛子があまりにも成熟していたので、どうしても彼女の未成熟さが際立ってしまった。それに、あれだけの苦労をしてきた女の子なら20歳でももっと重みがあるのでは、と思った。

>まだ見てない人に2つだけ忠告があるとすれば、
やはり原作をもう一度読み返してから行った方がいいよってこと。

これについては、逆でした。
原作と比べたりがっかりしたりするのは鑑賞中じゃまになるのではないかと思ったからです。今読み返しています。

本当に良い映画でした。映像に心奪われました。

No.2

素晴らしい感想を拝見させていただきました。
語りたくてもおバカな私には、ここまで的確に語れるKAJKENさんを尊敬します。
私も同じように、同じことを感じていたので、何だかとても嬉しく思います。

ここまで大胆に映像、映画化できたのは、トラン監督だからこそだと思いますし、否定されたキャストも、私は本当にこの人たちが演じて良かったと、心の底から思っています。

No.3

>片山滋子さま
はじめまして。褒めていただいて恐縮です。

>これについては、逆でした。
>原作と比べたりがっかりしたりするのは鑑賞中じゃまになるのではないかと思ったからです。
>今読み返しています。

たしかにそうですね。
事実、僕は常に「原作のここはどう表現されるのかなぁ」という意識で観ていました。
どのような映画の見方をするかは、個人個人のスタイルだから、
誰にとっても原作を読むべきではないかもしれません。

片山さんのコメントを読んで考えさせられました。

No.4

>ぺけさま
コメントありがとうございます。

同じように、同じことを感じて、嬉しく思っていただけたことに、
僕はとても嬉しくなりました。

「ノルウェイの森」の映画化というそもそも限りなく不可能な課題を、
村上春樹の説得という壁越えに成功したトラン監督とプロデューサーの小川さんがすごいし、
賛否あれど、こうしてこの本の話題で皆でいろいろな意見を出し合えるという
最高に楽しい状況が生まれたこと自体に感謝ですよね。

僕もこのキャストでよかったと心から思います。

No.5

素敵な感想ですね♪♪
拝見しながら、映画の各シーンが浮かんできました。

初めての村上春樹作品で、原作を読み終える前に映画へ行ってしまいました。
原作のあの独特の展開スピードが睡魔を誘ってしまい、上巻を読み終えるのがやっと・・・。

映画は重いストーリーでしたが、引きこまれました。
そして、いつの間にか心地良く感じるようになり、あの草原でのシーンでは深呼吸してしまうほど。
海のシーンでは、”生”を感じました。

原作を読み終えて、もう一度観に行きます♪

No.6

>hanaさま
コメントありがとうございます。

たしかに原作を最初に読んだ時には、
「何のことを言わんとしているのか解らない」ままに読み進めた感じがありました。

きっと映画を観て、ストーリーが頭に入っていると、
ずっとスムーズに読めるんじゃないでしょうか。

僕もまた映画館に観に行くつもりです!

No.7

なかなか大人な感想に出会えませんでしたが、KAJKENさんの魅力的な文章に出会えました。

>基本的には原作至上主義。
>その上で、映画の作り手たちがどこを切り取り、どこをクローズアップし、
>どこを創作し、どんな音楽を付け、誰に演じさせたか、という点で楽しむことにしている。

同感です。巷には文章表現と映像表現を強引に同じ土俵で評価しようとする人が多くてちょっと驚きますが、小説と映画はやはり別物でしょう。

才気ばしったトラン監督の映画「ノルウェイの森」が世界中で公開されることによって、小説「ノルウェイの森」がますます世界中の人々に読まれるようになるのでしょう。
多面的な人物造形や随所にちりばめられたユーモアなどが描き切れてませんが、そういう人間の営みを確かに描いている原作にこそ今後も多くの人々が惹きつけられることでしょう。
村上春樹のねらいもその辺にありそうな気がします。
書き言葉をそのまま台詞として話させる違和感は日本人である我々にはちょっと辛抱してもらおうということではないでしょうか。何故なら映画は大抵の国ではその国の言語に吹き替えられて上映されるから(字幕上映は日本と英国ぐらい)、それならば正確に翻訳されるように台詞は原作のままでいこうということかなと思いました。
村上春樹がトラン監督にOKを出したのは、今世界に通用している映画監督としての才能を見込んでということももちろんあるでしょうが、ある意味、小説「ノルウェイの森」の世界的売り込み作戦という深慮遠謀があってのことだろうと思います。

ところで緑とワタナベが喧嘩別れするバーのシーンに、村上氏本人がバーテンダー役でカメオ出演していましたね。

No.8

>ねじまきさま
コメントありがとうございます。

僕たちが日本人だからこそ、日本語づかいには多少違和感を感じるし、
直子には「菊池凛子ががんばって演じている直子」を見てしまうのでしょうね。
いろんなの読者の映画レビューが見てみたいところです。

村上春樹さんがどこまでプロモーション効果を狙って映画化を許諾したのかは分かりませんが、
小説「ノルウェイの森」はますます世界中で読まれることになるでしょうね。

それにしてもカメオ出演の件は完全に見逃していました!
今からでも映画館でチェックしたいです。教えていただいてありがとうございます。

コメントする

※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。

公開されません

(いくつかのHTMLタグ(a, strong, ul, ol, liなど)が使えます)

このページの上部へ

プロフィール

The Great Escape by kajken

サイト内検索

最近のピクチャ

  • kindle.JPG
  • guildcoffee.JPG

最近のコメント

Powered by Movable Type 5.14-ja