で、歩くといえば、
古川日出男氏の『サマーバケーションEP』。
歩くことが持つある種の浄化作用をうまいこと小説化した実に見事な傑作です。
この見た目(装丁)も爽やかな中編小説は、
主人公の少年的青年が、夏休みのある日
井の頭公園に神田川の源流を発見するところから物語がスタートします。
この源流をスタートして神田川沿いを歩いていけば、いつか海まで繋がっているんだ、
ということを思い立つ。
そして、歩き始めるうちにいつの間にか不思議な人たちとの交流が生まれ、
彼らとともに下流を目指す、というのがこの小説のおおまかな流れ。
というか、ストーリーについてはそれが全てである、
といっても過言ではないでしょう。
つまりこの小説は、語り手である少年的青年と共に、
川沿いをひたすら歩いていくだけのおはなし、ということです。
たったそれだけのことなのに、それでもこの小説は抜群にすばらしい。
主人公の少年的青年は、ちょいと心に訳ありの子なんですが、
その彼の澄んだ目をとおして、世界は語られます。
同じような形式で、やはり澄んだ目の主人公が歩き回る話としては、
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』がありますが、
あの小説の主人公ホールデン君が、
どこまでもペシミスティックで厭世的であったのに対して、
この『サマーバケーションEP』の主人公は、実に素直で礼儀正しい。
だから『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で、
僕たちがホールデン君に付き合わされて
最後の方はヘトヘトになったのとは真逆に、
この小説ではラストに近づいても、
まだ歩いていたい、というような感覚を得ることになります。
この「小説が終わらないでほしい」感と、
「夏休みがいつまでも続けば良いのに」という感覚が、
見事に融合しているところは、読みどころのひとつだと言えるでしょう。
それから、もうひとつ。
この小説にぴったりの補助線を紹介します。
スチャダラパーが93年に発表した『彼方からの手紙』という曲があって、
この曲は、ここではない場所=「彼方」を訪れている友人から届いた「手紙」
の体裁をとっているんだけど、
その「彼方」ってのはある種の理想郷みたいな場所で、
そこでは永遠の夏休みのような光景がえんえん繰り広げられています。
実はこの曲の中にも、
川って海につながっているんじゃね→よーし、行ってみようぜ!みたいな
歌詞がでてくるのです。
そうそうおもしろい事があったんだよ / 確か2、3日前の事
ちかくにきれいな小川があって / みんなでそこへ遊びに行って
子供見たくキャッキャッ言ってたら
川って海につながってんでしょ・・・
よーし たしかめに行くぞーっ
行ったんだ ほんと確かめに / そんで3時間くらい歩いた時に
川のはじまりって・・・
イエーッ 気になる知りてーっ
来た道をくるり 逆にもどり / また3時間ほどたったころに
ねー なんかお腹すかない?
ペッコペコーッ 何か食べたいーっ
あっさり 帰って たらふく食って / 川の事はすっかり忘れて /
そんなんで一日終わっちゃうんだよ / そっちじゃ 考えられないでしょ /
やっぱり みんなで口にするのは / 「あぁ あいつも来てればなぁ」 /
って 本当にぼくも同感だよ / それだけが残念でしょうがないよ /
『彼方からの手紙』 WILD FANCY ALLIANCE スチャダラパー
「あぁ、あいつも来てればなぁ」って、
楽しい事をしているときにふと思う感覚、
またその思い出されることの尊さみたいなものがじーんとくる名曲なんですが、
この感覚と、『サマーバケーションEP』で主人公と共に歩く感覚はすごく近い。
つまり、「かけがえのない瞬間を共感すること/あるいは共感したいという気持」を
描いているという点で、この2つの作品は非常に近いのです。
ちなみに『サマーバケーションEP』には、
やんちゃな小学生が3人登場するのですが、
こいつらはどうもスチャの3人に見えて仕方がない。
「はずれ」
「はずれ」
「はずれ」
「だめじゃん、ガリガリ君」
「全員、スカ」
「この2週間、おれ、当たり引けてないもン」
「うわー、いけてねー」
「ああ、おれ、もう、ガリガリ部に入って、部員になる?」
「なれば?」
「ガリガリ祭り?」
「つーか、全国大会?」
それらの会話の、ほとんどは僕には意味不明です。なんのことだろうなと考えていると、電車が来ました。あの銀色の、井の頭線の、電車が。
サマーバケーションEP 古川日出男
これはあくまでも僕の推理ですが、
古川氏は、この小説でスチャの『彼方からの手紙』のREMIX的なことを
意識的にやっているんだと思います。
ちなみに『サマーバケーションEP』では、
杉並区に始まって、中野区新宿区豊島区文京区、、、と
神田川に沿って東京の風景が描かれていきます。
散歩好きの東京人にもオススメの一冊です。
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